二、「労働契約法」について
今回公布された『労働契約法』は、全般的に集団労働契約に基づいた個人労働契約とすることで、労働者の合法的権利を保護する立場が強調されており、従業員を雇用する企業としては、今後、労働契約法に基づいた就業規則の再制定とそれに関する従業員代表や組合との協議を行なう必要性に迫られる場合が出てくると思われます。
1.集団契約と工会(労働組合)の重要性
今回の『労働契約法』の最大の強調点は、第4 条において「雇用単位が、労働報酬、労働時間、休息休暇、労働安全衛生、保険福祉、研修教育、労働紀律及び労働定額管理等の直接労働者の切実な利益に関するする規則制度又は重大事項を制定、修正又は決定する場合、従業員代表大会又は全従業員と討議して、提案及び意見を提出し、工会又は従業員代表と平等協議して決定しなければならない」として、工会または従業員代表との協議を強制規定として入れたことで、この手続きを踏まない会社規則や労働契約書はいくら董事会が承認しても効力を持たないことになります。すなわちこれらの労働条件を決めるに際しては、個人労働契約ではなく、「集団契約」を締結することを強く奨励しているもので、第五章特別規定の第1 節として「集団契約」の専門条項を設けています。また第51 条において「集団契約は工会が当該企業従業員側を代表して雇用単位と締結する。工会のない雇用単位は上級の工会指導労働者が推薦した代表者と雇用単位とで締結する」との規定があることに注意を払う必要があります。
日本においては多くの企業において、企業とその組合が締結した「労働協約」が存在しており、従業員の労働条件は全てこの「労働協約」において詳細に規定されていますので、人員の採用に際しては雇用契約書さえないのが一般的であり、また世界的に見ても雇用者側と立場の弱い個人が、個人労働契約書において労働条件を契約するのは異例といえば異例なことで、今後は予め決められている集団契約の労働条件によって個人との契約を締結する図式に変わっていかざるを得ないことが予想され、またこの「集団契約」を締結する窓口は、工会もしくは上部工会の指名した人員が担当する、ということになっていますので、この点において企業としては自らの従業員代表として工会設立が必要であり、また工会が労働条件の決定に関して大きな役割を果たして行くことになります。
また、労働安全衛生、女子従業員権益保護、給与調整システムなどの専門項目の集団契約や、建築業、採掘業、飲食サービス業などの業界性集団契約、区域ごとに締結する区域性集団契約を締結することも可能となり、今後は従来、個人労働者がかなりひどい労働環境に置かれていた業界において、逐次労働者の待遇改善が行なわれていくことを目指していると言えます。
2.期限なし労働契約(無期限労働契約)
労働契約の方法には、期限付き労働契約、無期限労働契約、一定の作業任務完了を期限とする労働契約に分けられており、一定の条件を満たす従業員は会社に対して無期限労働契約の締結を要求することが出来て、会社はそれを拒否できないことになっていますので、今後は日本と同じく定年までその会社で働くことができる無期限労働契約の従業員が増えていくと思われます。
無期限労働契約の締結は、雇用者と労働者の双方一致が必要ですが、労働者が@同一雇用者の下で10 年以上勤続している、A期限付き労働契約を連続2 回締結して、3 回目の契約更改を行なう――などの場合、労働者側が無期限労働契約を希望して、雇用者側が継続雇用する場合は、無期限労働契約を締結しなければならず(第14 条)、雇用者側がこれに応じない場合、その日から毎月2 倍の賃金を支払わなければならない(第82 条)としています。雇用者側が継続雇用をしない場合は雇用契約を打ち切ることになりますが、この場合は勤続年数に見合った経済補償金を支払うことが必要です。
また、雇用単位が雇用開始日より1 年以上も労働者と書面の労働契約を締結していない場合、雇用単位が労働者とすでに無期限労働契約と締結したと見なされ、雇用単位が規定に違反して労働者と無期限労働契約を締結しない場合、無期限労働契約を締結すべき日から労働者に対して毎月2 倍の賃金を支払わなければならない(第82 条)としています。
3.試用期間に関する条項
試用期間に関する規定は第20 条において、労働契約期間が3 ヶ月以上1 年未満の場合、試用期間は1 ヶ月未満、労働契約期間が1 年以上3 年未満の場合、試用期間は2 ヶ月未満、3 年以上の期限付き労働契約と無期限労働契約の場合、試用期間は6 ヶ月未満と規定されています。
また雇用者の同一労働者に対する試用期間設定は1 回のみしか認められず、一定の作業任務の完成を期限とする労働契約と期間が3 ヶ月未満の労働契約には試用期間を約定してはならないとされました。これは、一部企業が試用期間を延長するなどの方法で、賃金を安くしようとしたり、賃金を支払わないなどの状況発生を防ぐものと思われます。このような理由から、労働者の試用期間中の賃金は、同一雇用者の同一職務の最低レベル賃金或いは労働契約にて約定した賃金の80%を下回ってはならず、かつ雇用単位所在地の最低賃金基準を下回ってはならないと規定されています。
また重要なことは、試用期間中の解雇について制限が設けられたことで、第21 条で「試用期間中、雇用単位は労働契約を解除してはならない。雇用単位が試用期間中に労働契約を解除する場合、労働者に対して理由を説明しなければならない。」とされており、試用期間終了後の解雇についても雇用者側に対して「明確に採用条件に適さない」ことを説明する義務を明確にしました。
4.労働契約の解除
『労働契約法』では、労働者側、雇用者側がそれぞれ労働契約を解除できる要件を詳しく規定しており、特に労働契約解除に当たって、雇用者が労働者に労働契約解除の経済補償金を支払わなければならないケースを明確にしました。
1)
労働者側が申し出て労働契約を解除できる場合(第36 条〜第38 条)
労働者側から労働契約の解除は比較的広範囲に自由に出来ることが規定されており、如何なる状況下においても少なくとも労働者側が30 日前までに書面で労働契約を解除する旨を通告すれば、雇用者側はそれを拒否することは出来ず、また転職のための退職手続きは15 日以内に行わなければならないことが明記されています(第50 条)。

2) 雇用者側から労働契約を解除できる場合(第39 条〜第42 条)

以上の如く、雇用者側からの労働契約の解除は比較的条件が厳しく規定されており、また20人以上か従業員総数の10%以上の人員削減については30 日前までに工会または全従業員に対して状況説明し意見を聴取し労働行政部門に届出しなければなりません(第41 条)。また職業病が起こりやすい職場で働き、離職前の健康診断が終了していない場合や、女性労働者の妊娠、出産、授乳期間中や、勤続15 年以上の従業員の定年退職まで5 年未満の場合などは労働契約の解除が禁止(第42 条)されています。
5.労働契約解除の際の経済補償金と賠償金
今回の労働契約法では、従来無かった労働契約解除に伴う労働者への経済補償金の支払い(上記の表で「要」の項目)が義務付けられました(第46 条)。経済補償金額は、当該雇用単位における勤続年数満1 年につき1 ヶ月の賃金とし、勤続6 ヶ月以上1 年未満の場合は1 年で計算し、6ヶ月に満たない場合は半月分の賃金を基準として、支給対象の勤続年限は最高12 年とする、また、毎月の賃金とは、労働者が労働契約解除或いは終止前の12 ヶ月間の平均賃金を指し、その平均賃金が、所在地前年度従業員月平均賃金の3 倍より高い場合は、その平均賃金の3 倍額とする(第47 条)ことが規定されています。
また雇用単位が上記契約解除か終止条件に合致せずに労働契約を解除或いは終止した場合、経済補償金の2 倍の賠償金を支払わなければならない(第48 条)、として、新たにこの労働契約法の規定に違反する場合の賠償金支払い義務を明確にしました。
6.労働契約の解除ができない場合
次項の場合、理由を問わず労働契約は解除できません(第42 条)。またその期間中に労働契約期間が満了すれば、自動的に契約期間が延長されなければなりません(第45 条)。
@職業病が起こりやすい職場で働き、離職前の健康診断が終了していないか医学観察中である
A職業病や労働災害で労働能力の一部或いは全部を喪失したと認定された
B病気や非労働災害での怪我の治療期間中
C女性労働者の妊娠、出産、授乳期間中である
D勤続15 年以上の従業員の定年退職まで5 年未満の場合
Aのケースを除いて、その状態が終了した時点で、労働契約は終止することになりますが、
Aのケースは、国家の労災保険に関する規定に基づくとしています。
7.労働契約の終止
『労働契約法』では、一般的に
@労働契約期間が終了した
A労働者が法に依る基本養老保険待遇を享受しはじめた(注:一般に現場労働者は男性55 歳、女性50 歳、知的労働者は男性60 歳、女性50 歳)
B労働者が死亡した、或いは人民法院にて死亡或いは失踪を宣告された、
C雇用単位が法により破産宣告を受けた、
D雇用単位が法に依って営業許可証取消を宣告された、或いは廃業、撤退を命じられたか事前に解散した、
E法律、行政法規で規定するその他の状況が発生した――などの場合において、労働契約は終止するとしています(第44 条)。但し、それぞれのケースで本法規定の経済補償金を支払わなければなりません。
8.研修等による義務勤続期間(中文:服務期)
中国の外資系企業が、当該従業員を母国へ派遣して研修を受けさせた場合など、帰国後2 年間は離職しないなどの義務勤続期間を設定することがありますが、『労働契約法』では、雇用単位が労働者に専門項目の研修費用を提供し、労働者に専門技術研修を受けさせる場合、当該労働者と協議書を締結して義務勤続期間を約定することができるとしています。労働者がこの約定に違反した場合、約定に従って雇用単位が本人のために特別に提供した研修費用を超えない程度の違約金を支払わなければなりません。
但し、この雇用単位が労働者に支払いを要求する違約金は、義務勤続期間の勤続未履行期間。
9.労働者退職後の競業制限に関する条項
守秘義務のある労働者に対して、雇用単位は労働契約或いは秘密保持協議において、労働者と競業制限条項を約定し、かつ労働契約解除或いは終止後、競業制限期間内に月ごとに労働者に経済補償を支払うことを約定することができます。労働者は競業制限の約定に違反した場合、約定に基づいて雇用単位に違約金を支払わなければなりません(第23 条)。企業は全従業員に対して競業制限をかけられるわけではなく、企業の高級管理職、高級技術職と、その他の守秘義務のある人員に限るとしています。競業制限の範囲、地域、期限については、雇用単位と労働者が約定し、競業制限の期限は2 年以内としています(第24 条)。
10.残業や休日出勤(以下、あわせて残業)に関する条項
残業について、雇用単位は労働者に強制したり、形を変えた強要をしてはならないとしています。残業させる場合は、国の関連規定に基づき労働者に残業手当を支払わなければならないと規定されています(第31 条)。
11.労働契約の締結とその内容
労働契約は書面により締結しなければなりません。すでに労働関係が発生しているが、書面により労働契約を締結していない場合は、労働者の就業開始から1 ヶ月以内に書面契約が必要です(第10 条)。もし雇用単位が、労働者の就業開始から1 ヶ月以上1 年未満に書面による労働契約を締結しない場合、労働者に対して毎月2 倍の給与を支払わなければなりません(第82 条)。
雇用単位が労働者を募集する場合、労働者に対して事実通りに業務内容、業務条件、業務場所、職業上の危害、安全生産情況、労働報酬、及び労働者が知りたいことなどを如実に告知しなければなりません。また、雇用単位は労働者に対して労働契約に直接関係する基本情況を知る権利を有し、労働者も同様に事実に基づいて説明する義務があります(第8 条)。
契約締結の際に、労働者の身分証やその他証明書を差し押さえたり、担保を要求したり、その他の名目で財物の収受を要求することはできません(第9 条)。
労働契約に記載されるべき内容は、
@雇用単位の名称、住所、法廷代表人或いは主要責任者、
A労働者の氏名、住所、身分証或いはその他有効な身分証明書の番号、
B労働契約期間、
C勤務内容と勤務地点、
D作業時間と休憩、休暇、
E労働報酬、
F社会保険、
G労働保護、
労働条件と職業病に関する保護対策、H法律法規が規定するその他労働契約に明記すべき事項――があり、試用期間、研修、守秘義務、補充保険や福利厚生などの事項を約定することが可能です(第17 条)。
労働契約内の労働報酬や労働条件などの基準が明確でない場合、争議を引き起こした場合、雇用単位と労働者は再度協議をすることが可能です。双方が協議に達しない場合、集団契約規定を適用します。集団契約がない場合や集団労働契約に労働報酬規定がない場合は、同一作業内容の労働者は同一の賃金として実施し、労働条件に関する規定が集団労働契約にも約定されていない場合は、国家の関連規定を適用します(第18 条)。
12.労務派遣に関する規定
公布された『労働契約法』の第57 条から第69 条までは、労働者を派遣する派遣会社についての規定がなされています。
(1) 労務派遣の定義
労務派遣とは、臨時的、補助的、代替的な職務で実施されるもの(第66 条)ですが、派遣される労働者が派遣会社と労働契約を締結し、派遣先の雇用単位で就業する形態を指します。
一方、雇用単位と派遣会社は、労働派遣協議書を締結し、協議書内には派遣する職務、人数、派遣期間、労働報酬、社会保険金額と支払い方式、違約責任などの条項を明記します。雇用単位は、実情に応じて派遣期間を確定しなければならず、期間を短く区切って何件かの派遣協議を締結することはできません(第59 条)。
(2) 労働契約の期間と内容
労務派遣会社は、『労働契約法』のいう雇用単位であり、雇用単位が労働者に果たすべき義務を労務派遣会社が果たさなければならないと明確にしています。これまで、労働者が派遣先雇用単位で怪我をした場合や死亡した場合に、派遣会社と雇用単位が責任を押し付けあうケースが取りざたされてきましたが、今回公布された『労働契約法』では、派遣会社が責任を果たすべきという内容になっています。
労働者と派遣会社が労働契約を締結する場合は、2 年以上の期限付き労働契約を締結しなければならず、派遣会社が毎月労働報酬を支払います。労働契約締結後、派遣する労働者に仕事がない場合は、所在地人民政府が規定する最低給与基準で、毎月報酬を支払わなければならないと規定されています(第58 条)。
労務派遣会社は、雇用単位と締結した労務派遣協議書の内容を労働者に開示しなければならず、雇用単位が協議書内で提示した労働報酬から費用を差し引くことはできません。また、雇用単位も派遣労働者から費用を徴収してはいけません。
(3) その他
労務派遣会社を設立する場合の最低登録資本金は50 万人民元以上です。
第五十八条 (定義)
労務派遣単位は本法で称する雇用単位であり、雇用単位の労働者に対する義務を履行しなければならない。労務派遣単位と被派遣労働者とが締結する労働契約は、本法第十七条の規定事項を明記する事を除き、被派遣労働者の雇用単位及び派遣期間、作業部署等の情況も明記しなければならない。労務派遣単位は被派遣労働者と2 年以上の期間付労働契約を締結して、月毎に労働報酬を支給しなければならない。被派遣労働者の作業のない期間において、労働派遣単位は地元人民政府が規定する最低給与基準にて、月毎に報酬を支給しなければならない。
第五十九条 (労務派遣協議)
労務派遣単位が労働者を派遣する場合、労働派遣形式を受け入れる雇用単位(以下略称:雇用単位)と労務派遣協議を締結しなければならない。労務派遣協議は派遣先の作業部署及び人数、派遣期間、労働報酬及び社会保険費の金額及び支払方式、協議違反責任を約定しなければならない。
雇用単位は作業部署の実際需要に基づき労務派遣単位と派遣期間を確定しなければならず、連続業務期間を分割して短期労務派遣協議を締結してはならない。
第六十条 (派遣単位の義務)
労務派遣単位は労務派遣協議の内容を被派遣労働者に告知しなければならない。
労務派遣単位は雇用単位が労務派遣協議にて被派遣労働者に支給した労働報酬を控除してはならない。労務派遣単位及び雇用単位は被派遣労働者より費用を徴収してはならない。
第六十一条 (多地域派遣)
労務派遣単位が地域を跨いで労働者を派遣する場合、被派遣労働者が享有する労働報酬及び労働条件は雇用単位所在地の標準に基づき実施する。
第六十二条 (雇用単位の義務)
雇用単位は以下の義務を履行しなければならない。
(一)国家労働基準を執行し、相応の労働条件及び労働保護を提供する
(二)被派遣労働者の作業要求と労働報酬を告知する
(三)残業代、考課による賞与を支給して、作業部署に関連する福利待遇を提供する
(四)作業部署に派遣されている労働者に対して当該作業部署に必要な研修を実施する
(五)連続雇用の場合、正常な賃金調整メカニズムを実行する
雇用単位は被派遣労働者をその他雇用単位に重ねて派遣してはならない。
13.アルバイト(非全日制雇用)に関する規定
1 人の労働者が同一雇用単位で1 日平均4 時間を越えず、1 週間の累計労働時間が24 時間を越えない雇用形態を非全日制雇用と規定しています。
アルバイトの場合、双方が口頭で労働協議を交わすことができ、1 労働者は1 ヵ所以上の雇用単位で労働契約を交わすことができるとしています。試用期間は設定してはなりませんが、いずれの一方も随時、契約を終止することができ、経済補償金の支払は発生しません。
アルバイトの賃金は、所在地人民政府が規定する最低給与基準を下回ってはならないと決められています。ただ、アルバイトの給与支払周期は15 日を越えてはなりません。
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